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映画『東京難民』を観て

数日前ですが、『東京難民』という映画を観ました。

ネットで予告動画を観て気になってた映画の1つです。

映画の内容としては、普通の大学生が親が失踪したことで大学を除籍になったうえ住んでいたアパートも追い出されてネットカフェで生活するような、いわゆる“難民”になってしまう話です。主人公は本当に普通の大学生(除籍になってしまいますが)であり、今の時代を考えるとすごく現実的な話だったなあと思います。わたしには両親がいますし実家暮らしで自分も社会人で働いているので、この映画の話のようなことが自分の身に降りかかるなんて思いませんが、どこか他人事ととしては見れないようなところもありました。

予告の段階で私が最初に感じたことは、ありきたりですが「親の大切さ」ですね。わたしも1年ちょっと前までは普通の大学生だったのですが、もちろん学費は親が払ってくれてました。実家暮らしだったので生活費とかお金のことを考える機会もなかったような気がしますが、今考えると、親無しでは(正確には親の経済力)生きていけなかったんじゃないかと思います。大学生なんて20歳を超えますし、バイトができるといえども結局は親がいなくちゃ生きていくことも困難な子供なんだなあと思ったわけです。

このイメージの状態で映画を観ました。映画の前半あたりは本当に予告を観たときと同じ感想でしたね。大学生なんて親にまだまだ頼らなくちゃならない存在だと。

ただ中盤あたりからまた別で思うことが出てきたのです。難民になった主人公の修は生きていくために毎日日払いのアルバイトを探しては食いつないでいくというものなんですが、そこで感じたのは「お金の大切さ」ですね。

お金が大切なんて当たり前のことなのですが、映画観て思ったことは100円や200円っていう額の大切さです。100円だなんて私は普段気にせずコンビニでの買い食いも毎日のようにしていました(笑)

でもその額のお金も、人によっては喉から手がでるほど欲しいものなんだよなと思いました。映画の中で修が日払いバイトの仲間とマックでご飯を食べる場面があったのですが、そこでバイトの仲間の男の人が、「ここでは150円のハンバーガーで夜が明けるのを待っている人が大勢いる」みたいなことを言ったんですよ。家もお金もない人たちは、そのハンバーガー1つで客として自分の居場所を確保していたんですね。

もし所持金が150円しかない人から100円をとったらどうなるか。

その人はハンバーガーが買えませんよね。要するに客となることができないのでマックに滞在することもできません。居場所がなくなってしまうということです。

 

わたしは金融機関に勤めていた経験があり、一番最初のお客様に50万円を入金していただきました。そのとき支店長に言われたのが「そんな端金(わずかなお金)要らんわ!」です。

たしかに金融機関に勤めていると何百万というお金が動くわけであり、50万円なんて微々たるものだと思いましたが、それでも50万円という価値は確かに存在し、それで人が何日も生活していけると考えると、50万円なんて全然微々たる金額でもないよなと。

 

生活や職業によって金銭感覚は当然変わるものだと思いますが、1円だろうが10万円だろうが1億だろうが、お金はお金なのです。

わたしが無駄にしたかもと思う100円は、知らない誰かにとっては今日を生きていくための100円同じ価値があるんです。

 

この映画を観て以来、私は無駄遣いを止めました。家計簿もつけ始めました。

お金は大事だからこそ、改めて価値を考える必要があるんじゃないかと思います。

 

ここまでつらつらと書いてきましたが、この『東京難民』はお金の大事さを前面に訴えてる映画ではありません(笑)あくまで私の個人的な感想です。気になった方は是非映画を観てくださいね!!

 

ありがとうございました!!